近代学校教育批判を読んでると、未だに我々は「賃労働に就かせることを念頭に置いて子供を学校に通わせる」ことをしてるんだな。そして、「手に職をつける」ことを否定する子供は悪であるとして排除する。それは、学校が「産業社会(それが資本主義であれ、社会主義であれ)」を肯定する機関だから。
ムツゴロウさん凄い RT @thinkeroid: これ @suikyo_1221 http://www.ocn.ne.jp/game/og/30-mahjong/interview.html
ハーバード大でサンデルのような講義が可能なのは、ハーバードのOBOGが「コア・カリキュラム」(今のGeneral Educationは制度がどれだけ変わっているのかわからないけど)を成立させるための寄付をして、TFや教員に教養科目をやらせる環境を整えているからだ。
.@nnnnnnnnnnn ちなみに先日お伝えした「睡蓮」の原曲はこちら。http://www.nicovideo.jp/watch/sm5351248
箱根園水族館 http://www.princehotels.co.jp/amuse/hakone-en/suizokukan/index.html 連泊前提でぶらっと歩いた末に見つけたので、意外な出会いだった。
箱根園の水族館はよかった。標高が高いのに海水魚も淡水魚もある。さらには〈環境好適水〉というものを使って、同じ水槽に海水魚と淡水魚を同居させるという荒技を駆使していた。ピラルクを生で見られたのも収穫だった。iThoughtで生物の名前を順次メモりながら歩いた。
週末は湯治で湯の花温泉ホテルに連泊した。箱根の山奥にあるホテルだったけど、和食と硫黄温泉が非常によかった。ゴルフ場併設だけど、ゴルフやらなくても十分満足な場所だった。首都圏から新宿→小田原→バス→ワゴン出迎えというルートであっさり(といってもバスからが長いけど)行けるのも魅力。
漫画『ちはやふる』のヒロインなどは特にそうなのだけれど、「男の子と仲良くする」以上に面白いことが世の中に確実にある、ということを全身全霊で体現している女性が、逆説的に魅力的なのだと思うよ。女性のことしか考えてない男性がつまんないのと似てると思うのだが、どうなのだろう。
水族館、動物園、植物園、博物館、美術館で、相手の存在を忘れるくらい対象に没頭する(できる)女性というのは大変ツボである。
まあ、文脈を敢えて外して虚心に言いますと、「シナリオ必要/不要」っていうのは、昨論じられている「JRPG衰退論」とどう向き合うかというパフォーマティヴな意義を持っていますから、定義論が「そんな衰退とか知らんし」というメッセージになっても、相手によっては問題かもしれませんね。
たしかに。RT @raurublock: 「シナリオとは何か」の定義/この話の発端を見るに、必要なのは外野がわいわい議論することではなく、生田氏が営業SEとなって顧客(シナリオ不要論者)をコンサルして要求獲得することじゃないかと思った
けれど「一本道シナリオだから問題だ」というようなアジェンダの作り方は、2003年には既に論破されてしまっています。「一本道かどうか、それは問題ではない」http://www.scoopsrpg.com/contents/mistery/mistery_may03.html
〈シナリオ〉がそういうものである以上、「お話部分」にも、「ゲーム体験において構造を感覚させる技巧」が感じられなければ、それは「いいお話し」であっても「ゲームデザインの要素」としては評価されなくなります。いわゆる「一本道RPG(rail-road RPGs)」の問題ですね。
そういう目から見れば、Wizなど「箱庭型のRPG」と形容されるものにはちゃんと〈シナリオ〉(=具体的な状況をシミュレートするゲームデザインにおいて、ゲームの展開に応じてどのようなゲーム的処理が為されるのかを構造的に定義・準備したもの)はあるわけですね。
そもそもゲームにおける「シナリオ」の原点は、演劇由来ではなくて、19世紀からのドイツ兵棋演習で用いられる「再現される戦場の推移についての一連のルール的処理が書かれたもの」だから。narrativeな要素なんて最初は求められてなかったんよ。そういうのはホビーウォーゲーム以降の話。
これくらい噛み砕かないと、〈シナリオ〉という構造体の要素である「ギミック」と「記述」の区別は伝わらないのか……。略RT @korumono: .@dakuryu さんの「噛み合わないRPGシナリオ不要論」まとめ http://togetter.com/li/25201
この辺はいいと思いますよ。http://www.youtube.com/watch?v=s2cBi-k6v-I RT @anteros: @tricken 日本のファンクだったらダンスマンは外せないと思うんですが…どうなんでしょう。
R&B、アシッドジャズ、HIPHOP、ソウル、そしてファンクの境界はけっこう曖昧です。「いかにも」だと区別つけられるけど、相互排他的ではないからな。
J-funkの文脈でbird入れるかどうかは、同様に宇多田ヒカル入れるかどうかと似た問題が入る。これは自分がJ-funkというカテゴリで何を解明したいかによもるな。



とりっくん































