@masa_10n 校門前の文房具屋さんで新しいなわとびを買っても、二重跳びしすぎるとすぐに縄が切れちゃうあるある。今から練習しても出来るようになれるよ、大丈夫!
@ariyosi 間に合った!お誕生日おめでとうです!しかもライブとは忘れられない一日になりますね。余韻含めたっぷりお楽しみを。人生まだまだ登山口。大きく息を吸って吐いて準備体操、楽しい道がひろがりますように。
公式RTで、今日がテンポイントの命日と気付く。昨年の今日もラジオで命日を知り、やはり王子駅のこの章を読み返した。咲ちゃんともんじゃを食べながら、先生が始めたテンポイントの思い出話。
iPhoneで図書館の蔵書検索・読んだ本や借りた本の管理できる『図書館日和』 http://t.co/h9SNsxf via @touch_lab
そうすると決まって気分が良くなるから、ネズミの走りまわる裏道のバケツにのぼってどんどん同じフレーズを繰り出す。売り物のはずの詩集をボロボロにして、誰かの自転車の後ろに載せてもらい、歌を歌いながら帰る。明け方、散歩をしてる絵描きにおはようと告げて眠る。
「もう一度そのフレーズを繰り返してくれ」と曲がり角で誰かが言うから、同じ言葉を何度も繰り返す。もう私喉が乾きましたと言うと、いつもの香水を纏ったママが「これをお飲みよ」と裏口からそっとワイングラスを出してくれる。
それを絵描きが何時の間にか葉書に描いてくれて、たまたま入った画廊でそれを見つける。寒さや飢えを忘れる瞬間。帰り道は売り物の詩集を読み上げる。
街角でマッチ売りのように本を売りたい。「あの子のために一冊」と紳士が買い求めていく。気まぐれに誰かが花を一輪胸にさしてくれる。
とまあ、自分の文体を貫けない場もあったり。TwitterではTL次第で文体が決まってくるってことなのかしら?とても関心のあるところ。
(抜粋)『あそこに自分で書き込んだりするとふと気がつきます。書き込むと、中学生とか高校生が書いた文体と同じ文体でしか書き込めないんです。「ネットで書く」というのは、そういうことなんです。』(抜粋ここまで)ー 表象シンポジウムでのあずまんの発言
言葉は生き物だから変化があって当然のもの。全面否定するつもりはないけど、言葉遣いでその人がおかれている環境は見える。一方、アタマの良い人はその点を見抜いてネット上では周りの人のレベルと同化して目立たないように口調を合わせてる。
「ヒトにぶーぶー言う前に、おまえはどうなんじゃい?」って、優しい顔をしたおじいさんが枯葉をほうきで掃きながら、そう呼びかけてくるの。やってほしいことは、やるべきことなのね。ありがとう!って、脳内のおじいさんにいつもお礼する。
「やってくれればいいのに」と思うのは、その人に向けてではなく、自分がしてないってことだと考えるようになったら、結構世界変わった。
1999年のヨドバシカメラ。この黄色いの、全部フィルム。 http://twitpic.com/42wyrc



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