@moriteppei あああ、これ小2のときぶち当たりました>メタレイシズム。ぼく「ニャンコはどうぶつじゃないんだ」先生「ニャンコはどうぶつじゃないの? ブーフーウーは? おおかみは?」→ぼく涙目「先生、どうぶつってなんですか?」先生「みんなで考えましょう」授業終了→おい!
続)「新聞があって、よかった。」とは言わず、「紙があって、よかった。」と言ったのはなぜでしょう。ぼくはこのコピーと紹介記事しか読んでませんが環境保護の話だっけ? 紙の価値と新聞の価値を重ね合わせるごっちゃにする、これもミスリードなんでしょうか。(続
続)当然に受容しうるうちはどうでもいいことでもある。日本新聞なんちゃらの打った広告としての価値については、これはTOTOの広告ではないし蔡倫の期末評価シートでもないので、ここで「紙」に「新聞」を代入することは許容の範囲でありましょう。(続
まあ誤謬かミスリードなんですけどね。で、紙という記録媒体の価値を確認する文言=コピーが日本新聞協会による「日本を元気にするキャンペーン」の第2弾として提示されたそうだが、紙という記録媒体の価値はいま当然にそれを受容しうる私たちが忘れていることである、のかもしれないが(続
お客様の中にノートPCの排気口らへん侵入したコーヒーと牛乳の冷たい混合物を水に変換できる方はおられませんか……。
@raitu 男でいようとしなくても「男」の枠内にいるひとなだけという可能性はあるのでは。ていうかその発言て、たんにそこでいわれている「女」のほうが縛りがきつい/「男」に縛りがない・乏しいっていう不均衡が内在してるんじゃないかなーという気もします。
生を手放す要因・課題へのアプローチが可能なら当然すべきだししたいけど、それがどうしても「自分にはできない」ってのが絶望だろうし。若い子が自死を選ぶことはできるだけちょっと待ってほしいとは思う。おとなになればできることも増えるし(忘れることもそう)、きみぜんぜん悪くないはずだから。
服は可処分所得が(おつとめ当時所得に)プラス10万されないかぎりがんばらないと心に決めてるので重用してるけどね>ユニクロ。人間としていちばんやばいなーって思うのは、もっとも利用頻度が高いのが下着のほうのパンツとかだったりすることじゃないかと。自分のことですが。希薄な。
アジェンダの確立とか、ファシリテーションなき評価とか、そういうものに対する違和感。できないひとはお断りっていうのはそりゃ効率的だしそうあるべき場はたくさんあるし程度問題でもあるけど、常識とか空気とかいう言葉に仮託されるお断りはいたずらに不寛容なスパイラルを生みやすいナー。って。
なうなう言われたはしから and then をかぶせる永久機関的に昂ぶってくリア充たちのこめかみがちぎれる(自由律)
自称Webデザイナーも読むべき RT @yonemitsu: 「ゲームプログラマーという職業はもうありません。」 http://bit.ly/9SB19h
番宣で嵐の番組に出ているドラマサザエさんのメンバーの役どころがサザエ&波平以外よくわからず、「これうきえさん?(答え:白石美帆?のタイコさん)」「あれ勉三さん……?(答え:筒井道隆でマスオさん)」みたいな混乱ぶり。子役にもおとなをアサインしたほうがおもしろげなのになーという感想。
日中かの男子中学生たちのいたベンチで腰痛に耐えてたら、通りすがりのブロンド男子fromアメリカに心配されたうえごはん食い行こうぜ的に誘われたなう。ここはそういうベンチなのだろうか。
頑張るしかないみたいな思い込みが成立するシチュエーションってあるけど、もう目的とかタスクとかに分解できなくて、ただ耐えろってことであることも多いよね。



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